2010年1月9日土曜日

さよならインド

インドの滞在は、トータルで2ヶ月半ほど。
今回の旅で一番長く滞在した国となりました。

インド人は・・・なんて簡単に言うことはできないけれど、嘘つきばかりでも、人だましばかりでも、だからといって全ての人がいい人たちでも、ありませんでした。当然のことです。好奇心旺盛で、自分のやっていることに疑いを持たず、強く、たくましく、みな生きているように私の目には映りました。
「インド人の8割は悪い人だけど2割はいい人だった」という意見を、きいたことがあります。私の感想は、その反対で、8割は、いい人。でも、この意見を言った人にとってそれは真実だったのだろうし、「インド人みんなうそつきばかり」と言った人にとって、それも真実だったのだろうと思います。それぞれが感じたことはそれぞれにとってのほんとうで、だから、インドっておもしろい、と思います。100人中98人の旅行者が「あの国はいい」と言う国もあれば(例えばラオス。私はあの国の悪口を聞いたことがない。もしくはパキスタン。)、人によって印象が全く変わる国もある。インドはやっぱり来なければわからないところで(来てみたってわからないのだけど)、うんざりすることとか疲れることとかお腹を壊すこともやっぱりあるのだけど、それでもインドは何か不思議な力を持っていたように思います。

そろそろ、インドとかインド的なものにおなかいっぱいだし、次に進まないといけないので、インドを出ます。
インドが恋しくなること、あるのかどうかわからないけれど、とりあえず今は、おなかいっぱい。
さよならインド。次は楽園に向かいます。(インドを出たらどこでも楽園ってよく聞くけれど、私にとってのほんとの楽園!)

2010年1月6日水曜日

コルカタ、26.5°

こんにちは。
今まで寒い寒いと言いながら暮らしてきたのですが、それが、コルカタに着くと、26.5°!!!
ジャケットを着て、首にぐるぐるストールを巻いている場合じゃあありません。街ゆく人々は身軽な格好をしています。そんなところ、コルカタにやってきました。

インドでは、破れたお札は使えません。破れたものや、テープで補修してあるものは、お店で受け取りを拒否されます。でも、それなのに、すぐ破れます。お金を受け取るときはチェックしなくてはいけないし、破れたものが手元に来てしまったら、ババ抜きのババのように、ばれないようにどこかで使わなくてはいけません。友人と、破れたお金を眺めつつ、「このお金使えるかなー、ばれちゃうかなー。」と話していたときのこと。
友人「いけるいける。インドって、騙したもの勝ちだよね。」
確かにその通り!騙したもの勝ちです、ここにいると。そのぐらいの気持ちでいて、ちょうどいいくらいなように感じます。

長旅をする男の子は大体やせていくけれど、女の子はほとんどみんな、太ります。
本当におかしな現象なのですが、男の子は体重が落ちる、と言うし、女の子たちは、いやー、太っちゃって、と言います。私もその例にもれず、です。

昨日テレビで、ドラえもんと、キテレツと、ハクション大魔王と、クレヨンしんちゃんがやっていました。みんな、私にわからない言葉をしゃべっていました。
久しぶりにノビタ君を見ました。あくびちゃんってかわいいですね。ここで君たちに会えるとは!と少し感激です。

そんなこんなの日々です。
それでは、また。

2010年1月4日月曜日

Equality



「人はみな平等です」ということを、私は子供のころから教えられてきました。それを信じて生きてきました。
それが、インドでは、揺らぎつつあります。

友人の知人のインド人家族が経営する宿にお世話になったときのこと。
お手伝いの子と話をしていてもその家族はいい顔はしないし、もうすぐ結婚する娘さんは、「子供は2,3人がいい。たくさん子供を産んでその子たちを働かせる夫婦がいるけれど(貧しい人たちのことを言っているのだと思う)、そんなやり方は好きじゃないから。」と。そして、皆、「ムスリムは嫌い」とはっきり口に出して言います。

町を歩いているとたまに、スラムという程ではなくても貧しい人たちが住んでいると思われる地区に入り込むことがあります。そんなところは大体、子供がとても多く、その子たちのほとんどの手足は細く、服もぼろぼろで、中には裸足の子もいます。そして、感情むき出しで、笑うときはよく笑い、外国人に興味を示し、写真を撮って、と言います。

お金持ちだから、貧しいからどうこうということではないのですが、思ったことは、彼らは交わることがないのだろうな、ということ。カーストの違う相手とは結婚できない、という話もよく耳にするし、裕福な人は周りもそんな人たちで、その世界の中で生きていくし、貧しい人はその中で生きていく。


ヒンドゥ教とカーストは切っても切れないから、その身分社会がインドという国のもととなっている、ということは、何となく知っていました。それでも、身分の差があることを当然として、自分たちが一番正しくて、まともで、いい生活を送っていることに疑いを持たない人たちを前にすると、自分が信じてきたものが揺らいで、よく分からない気持ちになります。差別を肯定することはできないけれど、「差別はいけません」なんてことをしたり顔で言えなくなります。

人間の根底にあるものがこんなにも違う、ということに、驚く日々です。
それを受け止めるだけで精一杯です。






今日の夜行列車で、バラナシからコルカタへ向かいます。
それでは、また。


2010年1月2日土曜日

2010年


明けましておめでとうございます。
インドがぎゅっと詰まっているところ、バラナシで新年を迎えました。
おそばは食べたけれど、紅白もお雑煮もない、新年です。
それでも気持ち新たな新年です。

(写真はバラナシではなく、インドとパキスタンで撮ったものをまぜてみました)




Life is what happens to you while you are making other plans.
人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと

だそうです。
いつ、どこで、どんなことが起きるか分らないのだから、その時々、やりたいと思ったことを形に、自分の身に起こったことをそのまま受け入れ、気持ちに正直に、生きていけたら、と思います。

とりあえずこの旅も残すところあと数ヶ月です。
いろいろなものを見て、行きたいところに行って、会いたい人に会う、ぎゅっと濃い日々を過ごしたいと思っています。

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
全ての人にとって、幸せと笑顔がたくさんある、いい一年でありますように。

2009年12月29日火曜日

年越しはバラナシで

こんにちは!
私はただいま、バラナシにいます。

恐ろしく恐ろしく寒い夜行列車で、アーグラーからバラナシにやってきました。(夜行の列車もバスも、とてつもなく、寒い。窓を閉めていても常に風があちこちから入ってくる。)寒いし長いし荷物は重いし、へろへろよろよろ・・・とバラナシに着いたのですが、それでも、ここに戻ってこれたこと、すごくうれしかったです。バラナシだ!と思って、えみちゃんと二人、本当はものすごく疲れていながらも、はしゃぎながら(?)過ごしています。

この町は、牛と犬があちこちにいて(インド中、牛と犬なんてどこにでも、本当にどこにでもいるけれど、この町は特に多い気がする。狭い路地にゆうゆうと牛が歩いている。)、「ドコイクノ?」だの、「オネーサン、ニホンドコカラキタノ?」だの、あやしい日本語で話しかけてきてどこまでもついてくるあやしい人たちも、たくさんいるところです。

それでも、ガンガーがあって、その川があるだけで、ほんの些細な気持ちのささくれのようなものが(そんなものほとんどないのだけど)丸くなって、全てが水の流れによってクリアになるような、気がします。
そんなところで年越しを迎えます。

旅で出会った人たち、出発前に笑顔で送り出してくれた人たち、このささやかなブログを読んで下さっている人たち、私の目に見えるものも、見えないものも、全ての人やものごとにありがとうの気持ちです。周りの人たちのおかげで、私はいい一年を過ごすことができました。

去年の今頃は迷いでいっぱいだったけれど、旅に出てきてよかったと思っています。

よいお年をお迎えください。

2009年12月26日土曜日

年末に思うこと

ナマステ。こんにちは。

ただいま私はタージマハルのある町にいます。3ヶ月前もここにいたのですが、タージマハルのそばでの、クリスマスでした。

1年ぐらいの予定で旅に出てきたので、年末年始もどこか外国で迎えることになるだろう、と思ってはいたけれど、本当にそうなるだろうことに自分でも少し驚いています。インドまでたどり着いていることに、7ヶ月半も旅の中にいることに、少し、驚きです。

出発前、今回の旅について決めたことは、東南アジアを通ってチベット、ネパール、インドに行く、ということ。そしてもう1つ、1年という時期が経ったときか、お金がなくなったとき、もしくは新しいものを見ても感激がなくなって新鮮な気持ちで旅ができなくなったとき、旅を終えて帰ろう、ということ。

インドにたどり着いたとき、うひゃあインドっておもしろい、と思った反面、予想していたほどのカルチャーショックはなく、そのことに自分で驚きました。もし日本からひょっこり来たら、もっと驚くことたくさんあったのだろうけれど、ほぼ陸路で周ってきて、国が変わって文化も少しずつ変わってきているけれど、様々なことに自分が慣れすぎているような、感覚が麻痺しているような気がしました。例えば物乞いの多さにも、インド人の強引さや時に過度なフレンドリーさにも、予想していた以上の貧富の差にも、どうしようもない階級社会にも。
あれ、何かがおかしい・・・と。帰るときかもしれないな、と、ほんの少し考えていました。

それが、変わったのはパキスタンに入ってから。
イスラム圏を旅することは今までとは全く違い、スカーフで頭を隠さなければならなかったり女性1人では行動しにくかったりと、やりにくいことはいくつかあっても、私にとって新しいことの連続でした。そして、ヨーロッパから自転車で来たり、中央アジアに行く人だったりイランに行く人だったり、出会う人も自由に旅していて、あ、なんだ、私もっと自由に旅していいんだ、ということを感じ、帰るにはまだ早い、と思いました。


とりあえずインドまで行く、という私のちっちゃな目標が達成され、今は、もっと自由に旅していいかな、ということを思っています。目標があるということは、どこか縛られてしまうことなのかもしれません。1つ目標が達成されると、ほんの少し、自由になります。

来年は、行きたいところに行って、自由に自由に旅しようと思っています。
いつでも世界をまっすぐ見ていたいと思っています。

そして日本に帰ろうと思っています。
日本に帰るのは、とてもとても楽しみです。
帰って、会いたい人たちがたくさんいる、ということの幸せを思います。

年末でお忙しいときでしょうが、読んでくださっていて、ありがとうございます。
読んでくれる人がいるということが、いつもうれしいです。

2009年12月22日火曜日

犬とバスと

ダラムサラの犬はどこでも寝ています。

ここで寝るとドアが閉められないのですが・・・。
あの・・・。



デリーに戻ってまいりました。
相変わらずの、騒がしくてごみごみしてて空気の悪い、デリーです。
でも、ほんの少しでも知っている町に戻ってくる、ということは少しうれしいです。
昨日わかったこと。
辛いものは日々食べ続けて強くなる。

明日ぐらいにはまた移動です。
それでは、また。