
今日はひとりごとです。
(いつもひとりごとですけれど、今日はいつも以上のひとりごとです)
以前、会いたいと強く思っていた人がいました。
実際その人に頻繁に会うことはできなかったけれど、
でもその人の言葉は私にきちんとまっすぐに届いていて、
会えなくてもその人の存在が確実に私に必要だった時期があって、
私が、今の私でいるのはその人との出会いがあったからだと思っています。
最近ふと、でもはっきりと気付いたことは、以前ほどの気持ちでその人を欲していない、
ということ。いつかまた会いたいけれど、でも前ほどの強い気持ちで「会いたい」
というのでもないな、と。
「私はまたこの人に会わなくちゃだめだ」ではなくて、「会えたらいいな」。
それが分かったとき、1つ自由になった気がしたのです。
その人に会いたいという気持ちが、どこか自分を縛っていたように思うのです。
うまく言葉にならないのだけれど、その人と出会ったことの意味みたいなものが、
果たされたのかな、と。
人と人が出会うには意味があることと、反対に別れにも意味があることを思います。
その出会いが持つ意味とか約束みたいなものが果たされたら、人と人は自然に
離れるようにできている気がするのです。
だから、今私の周りにいる人は私にとって必要な人たちだということを思います。
私自身がその存在を必要としているというよりも、出会うことに意味がある人たちだと。
人と人の関係はうまくいくことばかりではないし、合う人も合わない人もいるけれど、
たとえその人との出会いが幸せと直接結びつかないとしても、神様が私のために
出会わせてくれた人たちだと。
だから、人との別れを以前ほどの気持ちで悲しむことがなくなりました。
とは言えまだまだ別れることには慣れないし(きっと一生慣れることはないでしょうが)、
それまで確実に存在していたその人との時間をその後過ごすことができないと思うと
切なくなってしまうのですが、それでも最近はもう少し自然に、きっとそういうものなのだ、
と思います。
別れるときは、それは離れる時期なのだ、ということ。
会うべきときには人に会えるし、会えなかったらそういうものだったのだ、
ということを自然に思います。
会えるときにはきっと会えると信じています。
誰とでも。今まで別れてきた誰とでも。
今私の周りにいる全ての人たちに感謝します。
今までに出会った全ての人たちにも感謝します。
今現実に近くにいる人たちにも、遠くにいる人たちも、
このブログを読んでくれている人たちにも。
ひとり言におつきあいいただき、ありがとうございました。
「出会い」のたくさんある日々になりますように。