2012年2月29日水曜日
4年にいちどの、おまけの日の日記

今までたくさんの人に「どうしてスペイン語を始めたの?」って質問されて、
「スペイン語の音がすきだから」と言うと、みんな分かったような分からないような
顔をしていたけれど。返答に困る顔をしている人がほとんどだったけれど。
「わかります、わかります。すごくよく分かる気がします。」と言う人に、先日出会いました。
なんだかとても嬉しくて。
いろんなものを割る、本日。
スーパーで卵を買ったら自転車のかごの中で割れ、夜お茶をいれてぼーっとしていたら
急須を落とし(30センチぐらい下に、しかもラグの上なのでそんなに衝撃がないはずなのに)
見事にぱりんと。
ばたばたした日々の中、どこかで気持ちも落ち着いていないのかもしれません。
明日からもう3月です。
2010年8月22日日曜日
白か黒かなんて言えない
ある人は、「趣味だから。」
またある人は、「中南米の旅行のため。」
別の人は、「これからスペインで働きたいからその下準備。」
私にとってはこれは趣味でやっているものではないのです。
趣味ではなかったら仕事にしたいかというと、そう思ってやっているわけでもないのです。
その話をしているときに、「趣味でも仕事でもなかったら、じゃあ一体何?」と聞かれてでもうまくことばにならなかったのです。
「好き」でやっていることだから、「趣味」と言ってしまえるのかもしれないけれど、でも「趣味」の範囲では終わらせたくない、でも仕事にすることは考えていない(そんな先のこと分からないし)というような気持ちの中にいます。それは「趣味でしょ」と周りに思われることかもしれないのですけれど。それでも私は違うと思います。いや、これは趣味ではない、と。趣味ではなくこれです、と、はっきりと断言できることばが見つからなくとも。
ことばにならないことは、そのままでもいいかな、と思ったのです。
ことばにしないと社会の中では納得されないことが多いけれど、ことばにならないことの方がずっと多いように思うのです。
もう少し、ことばにならないことというのをそのまま受け入れられる中に暮らしていたい、何か定義づけられるものの中にしばられていなくてもいいかな、と。
先日、よしもとばななの文章でこんなものを読みました。(一部省略してあります。)
だれだって、なにかにならなくてもいいのに、と思う。いつだれにそんなことを植えつけられちゃったんだろう、自分も含めて。まじめに生きて働いてる人が幸せでいられる日本になっていくといい。
ほんとうにそうだ、と思ったのです。
なにかにならなくていいし、ことばになることばかりやらなくていいのだ、と。
いつもひとりごとばかりのこのブログを読んでくださっている方々、ありがとうございます。
そろそろグアテマラ生活2ヶ月経ちますが、私は元気でやってます。
少しずつスペイン語も伸びてきています。たぶん。きっと。
明確に先は見えませんが、でもがんばってやっています。
2010年7月26日月曜日
語学はたのしい。
最近、あっ!とかおぉ!とかほぅ!と思ったスペイン語を少しご紹介。
(私たちが)去ります。は、
(Nosotros) salimos.
さりもす。
そのまんま。
(彼らが)去りました。は、
Salieron.
さりえろん。
ちょっとサムライのようにかっちょよくなります。
見る、はmirar。みらーる。
私が見る、ならmiro(みろ)。
命令形の「見て見て」は、「みれみれ」。もしくは「みらみら」。
食べる、はcomer。こめーる。
(彼は)食べます。は、
(El) come.こめ。
前も書いた気がするけれど。
氷はhielo。ひえろ!と読みたいところだけれど発音はちょっと間が抜けて「いえろ」。
泥はlodo。どろは、ろど。
レタスは、れちゅーが。
(土佐弁みたい。)
メルカド(市場)でよくする会話。
おじちゃん「け ぶすか」
私「あほ」
これは、
「け、ブスか」
「アホ」
と売られたけんかを買っているわけではありません。
"Que busca?"(何探してるの?)
"Ajo"(にんにく)
というれっきとした会話なのです。
最近にんにくが品薄なようでどこに行っても見当たらず、みんな(私の周りの人々は)にんにくを探し求めているし、きっとみんな(少なくとも私は)「あほあほ」と言ってメルカドを歩いています。(ちなみに、アクセントはアにおくので、日本語の「あほ」とは発音が違うのです。)
ついでに、雌牛はvaca。(牛肉にあたる単語は別です。)
同じ宿にいる女の人が言っていたこと。「こんどアホでバカをいためよう。」
(つまりは牛肉のにんにく焼き!)
なかなか楽しいスペイン語。
道は険しいけれど楽しいです。
よかったらみなさんも。
2010年7月9日金曜日
miss
英語のmissという動詞は大まかには、「逃す」「仕損なう」のような意味と、「〜がいなくてさみしく思う」の意味があるということを知っていました。
どうして違う意味を持たせてしまうのだろう、と当初私は疑問に思いつつも、でもきっとそういうものなのだろう(そんな単語は山ほどあるし)と思っていたのですが、ここにきてやっと、自分なりに謎が解けたような気がします。
「~が欠けている、ない、足りない」という意味を持つ(英語ではto missや、to be missingの意味になるらしい)、スペイン語のfaltarという動詞の勉強をしていたときのこと。
この単語の名詞はfalta(不足、欠乏、誤り)で、この単語には英語のmissの意味もあるということを教えてもらいました。
あぁ、そうか、とはっとわかりました。
何かが足りないこと何かが欠けていることがmissなのだな、と。
I miss youというのは、単純に、「あなたが足りない」ということなのだな、と。
私の中で、あなたの存在が足りないなんて、なんて分かりやすいことだったのだろう、と。
missという単語は、きっと基本的には「欠ける」みたいな意味で、例えばそこからMissing!も、I miss the class.も、I miss you.も生まれたのだな、と1人なんだか分かった気になったのでした。
そんな小さな発見があった七夕の一日でした。
(そんなこと今更気付いたの?と言われる周知の事実なのかもしれないのですが、私にとっては発見だったのです!)
2010年7月3日土曜日
現在のことが言えるようになって。
学校で勉強を初めて1週間と少し、やっと動詞の現在形の活用が終わり、現在のことが言えるようになりました。
でも、会話というのは基本的には現在形のみでは成り立ちません。
過去も未来も、どうしても会話の中に自然に入ってくるのです。
そんなことを話しているときに言われたこと。
「今のことさえ伝えられたら生きていけるから!」
「〜したいとか、〜ほしいとかが言えればとりあえず旅はできるから、大丈夫。過去とか未来よりも、まず現在が大事だから、」と。
過去も未来も大切だけど、でもそれよりも大切なのは今だから、と。
「学生のときもっと勉強しておけば•••」とか、「大人になってもう一回きちんと勉強したいと思うんだよね」とかって、きっと誰もが思うことです。私もそう思っていました。
今再び学生に戻って、宿題はあるし動詞の活用は覚えられないし、とは思うのですが、でもなんだかとても幸せなのです。ノートと辞書を持って学校に行って、知らないことを習って少しずつ知っていることが増えるって、なんだかとても幸せなのです。
今週末は現在形の復習と、来週から始まる過去形の予習です。
来週末には私、過去のことが言えるようになるのです!楽しみです!!
登録:
投稿 (Atom)


