2009年12月14日月曜日

ダラムサラより

こんにちは。
ダラムサラという、チベットの人がたくさん住む地域にやってきました。
再びの、チベット文化圏です。


ここに来て思ったのは、チベットの人はやっぱり美しい、ということ。

何が美しいのか、うまくことばにはならないのですが、人がぴんとしている感じです。
物腰がやわらかく、控えめで、自己主張も強くなく、日本人に通ずるところがあって、そんなところに美しさを感じるのかもしれないし、居心地のよさを感じるのかもしれません。
(物腰がやわらかくて控えめで自己主張がそこまで強くない、ってインド人と反対だ・・・と今思いました)

非常に、インドっぽくない、ところです。

ここで、友人のえみちゃんに会いました。はるばる、イエメンから遊びに来てくれました。

えみちゃんは、5年前、ラオスに行ったときに首都のビエンチャンで会いました。それからしばらく一緒にいて、日本でもお隣の県に住んでいたので何度か会って、ここで、再会です。

彼女はトータル5ヶ月ぐらいはイエメンに滞在しています。「私がイエメンを好きなのか、イエメンが私を好きなのか、わからないんだよね。」って言いながら。

ここで会う約束はしていたけれど、ここはインドのダラムサラで、本当に会えてしまうことがうそみたいです。彼女はイエメンから一旦帰国後、日本にいて、またイエメンに行って、私はここしばらくアジアをうろうろしていて、約1年半ぶりなのですが、ほんとうに相手が存在していたんだ、ということが信じられなくてうれしくて、です。

ここで、しばらく、えみちゃんとのんびりしていようと思っています。

それでは、また。

日本は寒いようですが、ここダラムサラも、寒いです。でも、こころあたたかく、日々をすごしています。

2009年12月9日水曜日

パキスタンからインドへ

国境を抜けると、そこはインドだった。

と川端康成的に始めてみましたが、国境のゲートを一歩出た途端、私たち(ラホールの宿で会ったスウェーデン人と私)の周りを、5,6人のインド人がとりかこみ、
「タクシー?タクシー?」
「DVD?DVD? ポストカード?」
「チェンジマネー?」
「どこ行くんだ?リキシャー?」
と迎えてくれました。立ち止まって私たちが話をしようとすると話に割り込んでくるし、どこまでもどこまでもついてくるし。笑っちゃうくらい、そういえば、インドってこんなのだった・・・と、気合を入れてくれる国境を越え、インドに戻ってまいりました。

私がラワールピンディを出た4日後に、ラホールを出た翌日に、それぞれの町で自爆テロが起こりました。
私が無事だったことや、自分の目の前に映る光景が平和だったのは、自分が幸運以外の何でもなかったんだ、ということを思います。平和だなんて言うのは不謹慎かもしれないけれど、でも私には、そこは平和に感じたのです。人々が穏やかに暮らしているという意味において。
結局、私は旅行者としての視線でしかものを見ることができないことを、仕方ないとわかっていながらも、時々悔しく思います。私には見えない、もしくは見ていない、現実がある、ということをよく思います。


インド側の国境の町は、アムリトサル。ここでも、パキスタンで出会った何人もに再会しました。

パキスタンで何度も出会ったオランダ人と、「また会ったねー!」とヨーロッパ式のあいさつ(ほっぺを合わせて耳元でキス)をしていたときのこと。
「ヨーロッパの人は、こうやって、右、左と2回キスをするでしょ。」
うん。
「オランダ人はね、もう一回、戻って、ちゅって。3回。」(Back again,って。)
うわー、ステキだー!!!と思ったので、ご紹介。

あちこちで出会った人たちが、それぞれ無事でいい旅をしているということを知るのは、とてもうれしいのです。私もいい旅を続けなくちゃ、と思うのです。

私は今日、インド北部のダラムサラというところに着きました。
それでは、また。

2009年12月7日月曜日

さよならパキスタン

昨日、国境を越えて、無事インドまで戻ってきました。
2,3週間の滞在予定だったのが、パキスタンにいたのは、約5週間。

この国の全てを見たわけでも知っているわけでもないし、私は一人の旅行者としてしかものを見ることができないけれど、思ったことは、誤解を恐れずに言えば、「ここは平和だ」ということ。

平和、というのは、争いごとがない、という意味ではなく、人々が穏やかに暮らしている、という意味において。
おじさんたちはお茶を飲みながらよく笑っているし、珍しい外国人に子供たちは興味深々だし、女性はスカーフで頭を(時には目以外の全てを)隠しながらも「ハロー」と言ってくれるし、独身の男の人たちは気になっている女の子をどう口説くか一日中本気になって考えているし。
どこの国にもある、ふつうの、穏やかな生活が、ここにもありました。

この国の政治や外交には、問題が山積みなのかもしれません。
でも、困っている人がいたら助けるとか、人をもてなすとか、男性同士は握手して抱き合ってあいさつするとか、他者に対してこんなにもあたたかく愛情を持って接する人々がたくさんいるということが、少しずつでも着実に、この国がよい方向に向かっているような気がするのです。

自分が何も知らないことは百も承知で、ホットミルクの膜みたいに上の方しか触れていないこともわかっているし、こんなに気楽なことを言っていられないのかもしれません。
それでも、私は、パキスタンは、危ないだけのところではない、と思っています。迷ったけれど、行ってよかったと、思っています。

イスラムの宗派の違いによってこれ以上の対立が起きないこと、パキスタンの人々が安心して日常生活を送れる世の中になることを、心の底より願うばかりです。

2009年12月6日日曜日

2009年12月3日木曜日

夜、アイスクリームストリートに。

こんにちは。

ただいま、インドとの国境すぐ近くのまち、ラホールにいます。
シーズンオフの上、情勢の悪さから旅行者も少なく、バックパッカーが集まるところも限られているので、あちこちで出会った人と、ここで再会。Everyone is here!という状態です。


ここで3度目の再会をしたオーストラリア人との会話。
「今日の夜、夜ご飯のあと、アイス食べに行かない?」(近くに、アイスクリームストリートという、すばらしい通りがあって、アイス屋がひしめいている)
「行く!でも、何で、夜なの?」
「だって・・・楽しいじゃないか。夜、アイスクリームだよ!?それを考えただけで、1日楽しいだろう?」
・・・たしかにね。納得して、夜9時半の、アイスクリーム。体に悪いものはおいしい。


パソコンをさわりながら、チョコレートを食べていた、イギリス人のおじさん。
「チョコレート食べるかい?」
(私はちょっと遠慮して)「いいです、ありがとう。夜ご飯もうすぐだし。」
「女の子というのは、だれでも、チョコレートが好きなはずなのに・・・おかしい・・・」とつぶやく。
それにしても、女の子は、みんな、チョコが好きなのでしょうか?ほんとう?
チョコは大好きなのですが、がまんが必要なときもある。

いつも歌って踊っている、ベネズエラ人の男の子が教えてくれたこと。
「いいかい、お酒を何かで割って、かき混ぜるときに、指をグラスにつっこんでかき混ぜていたら、それはベネズエラ人だよ。」
イスラムの国で、どこかからかこっそりと手に入れたお酒を飲みつつ、教えてくれました。ベネズエラの人に会ったのは彼が初めてだったのだけど。


そんなこんなの日々を過ごしております。
あと数日でインドに戻ります。


今日、ふと思ったこと。

私が、今、しあわせだと思ったことは、立ち止まる時間がたくさんあるということ。
好きな景色に、うつくしいものに、滞在したい場所に。立ち止まれることが、幸せだな、と。

この先、こんな時間が1年間も持てる時期なんて、そうないはずですし。
きっと、人生に、1度きり。
だから思う存分立ち止まってみたいと思ってます。



ギルギットのまちを走る、河口湖ホテルの、車。
不思議なほど、街になじんでいました。

2009年11月30日月曜日

都会の片隅にて

ギルギットからラワールピンディまで、24時間、と聞いていたバスですが、かかった時間は、合計32時間。
途中山が崩れて道がつぶれ、その修復に山道で9時間バスが止まり、32時間、です。日本だったら、あっという間に、迂回する道ができて、警備員がきて、何もなかったかのように車が動くだろう・・・ということを頭の片隅で想像したのですが、ここはパキスタンですし、日本だったら、なんてことを考えても仕方のないことです。無事着いたし、頭の上に岩が落ちてきたわけではないし、よかった、といえばそうなのですが。
それにしても、これだけの時間をかけてでも、パキスタン北部は行く価値のあるところだと思います。ほんとに、本気で。電力は安定しないのですが、そのおかげで、プラネタリウムみたいな星空が見えます。山の稜線があんなに美しいものだということを、私はフンザで初めて知りました。

最近、旅のスピードが、ゆっくりになってきました。ちょっとぼーっとしていると、1週間などあっという間に過ぎていきます。東南アジアにいたときは、3,4泊したら、そろそろ次の町に行かなくちゃ、と思っていたのに。

最近ゆっくりになってきたので、そろそろ、きちんと動かなくちゃ、と思いつつ過ごしています。
動くことは大切です。動かないと景色は何も変わらないし。

「冒険はしてみるものなのだ
経験が、きっと前進につながるから」

この言葉をつぶやきつつ、もうすぐインドに戻ります。気合いと体力のいるところです。なんたって、インドですから。嫌いじゃないのですけれど。でも、ちょっと、気をひきしめないと。なんたって、インドですから。

よく考えると、ここは、今、「世界で最も自爆テロが起こっている国」です。日本のJICAもこの国から撤退してしまったほど、情勢が不安定な、ところ。
私の目の前は平和なことだらけでも、確実に、平和でないことも起こっている。平和に生きてきた人たちが、テロに巻き込まれてしまうことも、ある。
それぞれの求める「平和」や「幸せ」や「正義」を追求するあまり、殺し合いが起こるなんてなんて皮肉なことなんだろう、と思います。そんなこと、神様は望んでいないはずだと思っています。

最近、とりとめのないことばかり書いているこのブログですが、読んでくださってありがとうございます。師走ですが、走ってばかりではなく、たまには立ち止まって、また読みにきてくださるとうれしいです。

2009年11月26日木曜日

お茶を飲む文化について、と、ふと思ったこと


「一杯のお茶を上手に淹れることができるなら、あなたは何だってできる」
というイスラムのことわざがあると、以前本で読んだことがあります。
お茶を飲むことを大切にする文化ってすてきだと、いつも思います。パキスタンも、チャイ文化圏です。数人でお茶を頼むと、たまに、こんなすてきなポットに入れてくれます。それを、ゆっくりゆっくり、おしゃべりしながら、飲みます。
お茶を大切にすることは、時間を大切にすること、ということを人からきいて、なるほど、と思いました。

この先、何が起こるかわからないのだから、先のことを今全て計画立ててしまわなくてもいいかな、と思うこのごろです。何が起こって、どう変わるのか、わからないのだから、その時々に起こることに身をまかせても、いいかな、って。もちろん、根本にある大切なことは、変えられないけれど。
ここまで来たら、中国のカシュガルへ抜けて、中央アジアへ行こうかと、本気で本気で心が動いてしまった最近。サマルカンド、という地名に心が惹かれて、ウズベキスタンに行きたい、と。

それでも、今回は、インドに戻ろうと思いつつ。正直言うと、インドに戻るのはこわいのですけど。でも、インドでお楽しみが待ってるし。(それはまだ秘密。)

明日は、ギルギットから、バスに24時間揺られ、ラワールピンディに戻ります。首都イスラマバードのとなりまちです。都会に、戻ります。きっと、電気が、毎日くるだろう(と期待する)ところ。

それでは、また。
もうすぐ今年も終わりですね。