2009年10月6日火曜日

チャイを飲むと幸せな気分になる




ベトナムといえばコーヒー、中国だったらお茶、タイだったらシェイクだし、インドといえばチャイ。
いや、そんなことない、タイはビールだ、インドはラッシー(ヨーグルトの飲み物)だ、とか反論する方もいらっしゃるかもしれませんが、それぞれの国で、私がよく飲んできた飲み物です。

日本にいたときは、紅茶もコーヒーも、お砂糖は入れなかったり、ほんの少しだったりしたのに、今ここでは甘いチャイがとてもおいしい。朝起きたら、チャイ。生姜が入ってて、ミルクも濃くて、甘すぎるぐらい甘いのが、好き。

その国でよく飲まれている飲み物は、その土地の気候風土に適している、ということをよく思います。タイのビールはタイで飲むから余計おいしいし、チャイも、道端でおじさんがいれてくれるものを、適当にすわってインド人に囲まれて飲むから、余計おいしい、というか。日本の飲み物も日本の土地にあっていたんだ、ということをよく思います。





1杯3ルピーとか5ルピー(6円から10円ほど)のチャイを毎日売って生活しているおじさんもいれば、汗水たらして、暑い中、人力車で人を運んで働いているおじさんもいて、そのかたわら、旅行者から100ドルとか200ドルとか、平気でだましている人も、少なからず、います。

どの社会でも、真面目にまっすぐ働いている人たちより、一部の(ずる賢い)人たちがいい思いをしていること、少なからずあるのかもしれません。それでも、それは間違っていると私は思うし、真面目な人たちが安心して暮らせないと、と思います。

私は、毎日こつこつとおいしいチャイをいれてくれるおじさんに、敬意を持ちます。

生きるにはお金が必要、ということ、日本にいたときは、理屈ではわかっていました。生活するために、働いてお金を得ることは必要なこと、と。
でも、ここで人々を見ていると、日本にいたとき自分が思っていたことは、言葉にすると同じでも、全く違うレベルのことだと気付きました。


裕福な人もいるけれど、日々を生きることが、精一杯の人も、いる。たまに、しつこいインド人に腹が立ってしまうこともあるのですが、それでも、そうしてでもしつこいのは、彼らは生活がかかっているから、ということを思うと、複雑な気持ちになります。だからって私もだまされたり不要なものを買ったりする余裕もないのですが。それでも、どこかやりきれぬ、まま。

2009年10月4日日曜日

ふたたび一人旅

一人旅に、戻りました。どういうことかというと、日本から遊びに来てくれていた友人が、帰国したので、一人旅。
遊びに来てくれていたのは、2ヶ月前、カンボジアで会った、さゆっぴさん。3週間弱、ほとんど一緒に過ごしていたのですが、同じ景色の中にいても、見ているもの考えていることはやはり違うし(ブログのぞくととわかると思います)、人と一緒、というのはそれだけでただ単純に楽しいことです。ごはんを誰かと食べるのは、一人で食べるより数倍おいしいし。私のわがままに、たくさん付き合ってくれた彼女に感謝します。楽しかったです、さゆちゃん、どうもありがとう。

一人で出てきたこの旅ですが、一人でいた日なんて数えるほどで、誰かと一緒にごはんを食べたりぼーっとおしゃべりしたり、人とよく過ごしています。一人でいるから思うこととか分かることもあるし、人との出会いもたくさんある反面、人といるから楽しめることも、できることもあるし。

ここでも、いろいろな人と会いました。ある人とは、カンボジアですれ違い、中国の成都で会い、カトマンズ、バラナシ、ここデリーと5回(!!!)もあちこちで会っています。別の人とは、ハノイ、カトマンズ、デリーと3回。人との出会いは、ほんとうに、不思議です。人と人は、つながっている、と思います。




"EVERY THINK IS POSSIBLE"
everythingの間違い?でも、いいですよね、その通りですよね。Every think is possible.

2009年10月1日木曜日

最近、少し考えていたこと



タージマハルへ、行ってきました。

鳥肌が立ってしまうほど、美しかった。写真で、テレビで、今までに何度か目にしたことはあって、ふーん、としか思っていなかったのですが、実物は、本当に、圧倒的に、美しかったです。ぼーっと見ていても、見飽きない。こんなきれいな形があったとは、と思うほど。

これは、お墓だそうです。愛する人のため、建てられたお墓。誰か私のためにこんなお墓立ててくれないかなー、と、絶対無理とはわかっていても、思いながら、眺めていました。


カトマンズで、ふと聞こえてきた、日本人のおじさんの会話。
「約30年前、ある評論家の男性が話してたことなんですけどね、その人が死んだら自然葬にして土に埋めて、その上に木を植えてほしい、ってことを言ってたんですよ。そうすれば、その木はそう簡単には切られないだろうし、その上で子どもが遊んだり動物が集まったりするのも、僕もうれしいし、って。」


バラナシで、ガンジス河で火葬しているところの近くに行ったり、こんな話をきいたり、ため息が出るほど美しいお墓を見たり。人が死ぬこと、そのあとのことを、なんとなく、うっすら、考える最近です。今まで、きっと幸せなことに、人の死の近くにいることが、たまにしかないまま過ごしてきました。死ということを、ほとんど考えることのないまま。それでも、人は、いつかは死んでしまう。

死と向き合うことは、生と向き合うこと、ということをきいたことがあります。インドにいると、ここに生きている人や動物の、生と死の境がはっきりしているように感じます。力強く生きているから死があるし、死があるのは、生きている証拠だ、と。

生きること死ぬことなんて、あまりに大きすぎて言葉にならないし、わからないことだらけなのですが、最近、少し考えていたことです。
一つ思っていることは、自分の死に方とか、死後のことを、ある程度自分で考えて決めたい、ということです。死ぬことも自由に、というか。やりたいことがたくさんありすぎて、私はまだまだ死ぬわけにはいかないけれど。

私の高校の同級生は、「私が死んだらお葬式でブルーハーツをがんがんかけてほしい。」と言っていました。その話を父親にすると、「わしはボブ・マーリーがいいな。でもお坊さんやりにくいかな。」と。そのくらい自由に、考えられたら、と思います。

なんだか明るい話ではありませんが、最近思ったことです。
気がつけば10月ですね!日本は涼しくなっているらしいですね。デリーは暑いです。

2009年9月28日月曜日

Sound of Nights










インドでもネパールでも、毎日、停電です。

毎日のように、ではなくて、ほんとうに、まいにち。自家発電があるところも多いので、完璧な暗闇には、なかなかならないのですが。

安定した電力がある日本の電力会社はすばらしいと思うと同時に、ちょっと困りながらも、停電生活も、楽しくやってます。ろうそくの明かりと、懐中電灯をたよりに。
あしたは、タージマハルを見に行きます。

2009年9月27日日曜日

Here Comes the Sun



インドに着いて4日目、わかったことは、インド人は悪い人ばかりでは決してない、ということ。当然ですが、でも、あまりに騙される人が多いので、ほとんど全ての人を疑ってかかっていたのですが、今やっと、人と話すこと、インドにいることを楽しむ余裕が出てきました。

人を信じることは、全部自分に返ってくる。そんなことをしみじみ考えながら過ごしています。

ささやかなこのブログを読んでくださって、いつもありがとうございます。

人に読んでいただけること、うれしいです。たまに日本とか日本的なものが恋しくなりながら毎日を送ってます。たまに、ときどき、本当にたまに。

2009年9月25日金曜日

インド!!!!!!!

ずっと昔から、来てみたかった国、インド。

インドに関しての噂は、たくさん、耳にしていました。
インドは最高だとか、すごく楽しいよ、だとか、インド人は人騙しと痴漢ばっかりだ、とか、とにかくうるさいとか、汚い、とか、お腹こわす、とか。いろいろ、いろいろ。好きな人は大好きだし、嫌いな人はとことん嫌い、そんな国、インド。

だから、ずっと、来てみたいと思っていました。
とにかく強烈らしいから、自分で、見てみたい、と。いいことも、悪いことも。きれいなものも、そうではないものも。たとえお腹をこわしても。嫌な思いをしても。それでも、インドに来てみたかったし、インドを見てみたい、と約10年(!)思っていました。

インドに着いて、まだ1日しか経っていません。
ここの、第一印象は、濃い、ということ。人の密度も、匂いも、色も、空気も、全てが、濃い。
あちこちに、牛が歩いているのは、本当でした。

とにかく、楽しんで毎日を送ろうと思っています。



「善きことは、かたつむりの速さで動く」
マハトマ・ガンジー

2009年9月22日火曜日

Eight Days in Tibet



チベットの空は、青かった。

本当に本当に、思い出してもあれは本当だったのかわからなくなる位、青かった。青の絶対量が、違う。カトマンズがどんなに晴れていても、曇りにしか、見えなくなってしまうほど。力強く、青い、空。

あちこちにはためいているこの旗は、風に吹かれて、仏法を世界に広めてくれるそうです。日本に帰ったら、私の家のベランダにこの旗をなびかせます。




建築様式も興味深かった!ベランダにお花がたくさんあって、そんな光景を見るのが幸せです。




SHOP→、と書く意味がよくわからないけど・・・。ラサからネパールとの国境に向かう、小さな村にて。




BEER FROM THE ROOF OF THE WORLD、というキャッチコピーの、ラサビール。(これは私が飲んだものではないけれど。)


ほんの1週間強ですが、チベットに行ってよかったと、心から思いました。
チベットにいて、思ったことを少しずつ。

ラサの町の、兵士の多さといったら、半端ではありませんでした。そこもかしこも、ふと上を見上げると建物の上にまで、銃を持って見張り。国境に向かうまでは、あちこちに検問があり、何度も調べられ、さらに国境では、荷物の中まできちんと調べられ(ダライラマ関連のものを持っていないかどうかを調べられるらしい)。チベットは、まるで、中国の支配下のようでした。中国政府がすごく敏感になっていることをひしひしと感じながら過ごしていました。

FREE TIBET(チベット開放)とは、決して叫べないけれど、チベットは中国とは違う、というのは確かに感じたことで、何か、もう少し、いい解決策がないのかな・・・とは、ずっと思っていたことです。

それでも、チベットの人は強かった、とやはり感じます。信仰があること、よりどころのあること。人の強さは、顔に、外に出る、ということを、改めて感じていました。

チベットなんて、雲の上の土地だと思っていたら、人はよく笑っているし、歌を歌っているし、お寺の周りを時計回りにぐるぐるぐるぐる歩いているし。雲に近いけれど、でも、雲の上の土地ではありませんでした。きちんと、手でつかめる、実在する、ところでした。

世界の広さを肌で感じられることが、幸せです。


ただ今カトマンズにいますが、急に、明日インドに行くことになりました。
今ネパールにいる、という実感も、インドに行くという実感も不思議とないのですが、でも、行ってきます。

それでは、またインドよりごあいさつします。
ちょっと、インドに入るのが、怖いのですが、でも、恐れず。前を向いて。